2010年12月23日木曜日

時制システム

学生さんいわく、フランス語の時制というのはとらえがたいのだそうです。

たとえば英語の時制なら、だれもが頭の中に以下のような図式を思い描くことができます。


フランス語の時制ではどうもこのような論理が見えにくい。

それでは上の図式をこんなふうにフランス語に置き換えてみたらどうでしょうか。


「複合過去=現在完了」、「単純過去=過去」 と、とりあえずは理解してしまいます。楕円で囲んだ部分はいったん忘れましょう。

ただ、歴史的な変遷から、フランス語の複合過去は「完了」と「過去」 を兼ねるようになっている

Ils ont déjà mangé. 《完了》
They have already eaten.
Hier, je suis allé au cinéma. 《過去》
Yesterday I went to the cinema.
つまり日常的なフランス語では、単純過去は複合過去に置き換えられたということができます。

同様な現象は、じつは日本語にも見られます。日本語の「た」もやはり、本来完了を表していたもの(「たり」)が過去をも表すようになった例にあたります。 その結果、それまで過去を表していた助動詞「き」、「けり」が消滅しました。「完了相の標識が過去時制へと推移する現象は世界の言語でしばしば見られる」現象だそうです。(参考

前過去はどうでしょうか。「前過去=過去完了」でいいのか。

そういう場合もあります。
Quand nous l'eûmes fini, nous mangeâmes.
When we had finished it, we ate.
ただ、フランス語が「単純過去/前過去」としてもうけている識別を、英語では行わないこともあります。
Dès qu'elle fut arrivée, le téléphone sonna.
As soon as she arrived, the phone rang.
前過去は主節の動作の直前に完了した動作を示す時制ですが、この場合「dès que/as soon as」によって「直前」のニュアンスはすでに十分に言い表されているので、あえてこれを用いる必要はない。英語はそのような冗長さを避けている。

日常的なフランス語でも同様です。日常的なフランス語では単純過去が用いられないので、それに対応する複合時制である前過去も用いられません。上の例を口語フランス語に翻訳するとこうなります。
Dès qu'elle est arrivée, le téléphone a sonné.
理論的にはここは重複合過去("a été arrivée")を用いるべきところですが、複合過去で代用しても問題は生じないわけです。重複合過去は、実際にはほとんど用いられません。(ただ、地域差があるようで、カナダ、スイス、南仏ではめずらしくないようです。)

つまり複合過去は、単純過去だけでなく前過去をも置き換えうるということになります。

ちなみに前過去を用いた最初の例文の方は、口語では、
Après l'avoir fini, nous avons mangé.
と言い換えられます。

「単純過去/前過去」 の対は日常フランス語からは消え去りつつあり、複合過去がその領域を覆っている。すくなくとも形の上では、「過去」は「完了」のなかに吸収された……。しかし、そのことによって時制としての過去が消滅したわけではありません。形は同じでも、「完了」と「過去」の区別は依然としてあります。

以前ブログに書いたように、「過去」として用いられた複合過去に「完了」のニュアンスがつねに読み取れると考えるのは、必ずしも正しくありません。フランスでは報道文の中でも単純過去が複合過去に置き換えられましたが、そのことはフランス人の「過去」概念の根本的変化を反映しているのでしょうか。私はそうは思いません(「『書き言葉』って言われても」)。

この話題、えんえんと続くかもしれません。(ただし激しく脱線していくと思います。)

2010年12月9日木曜日

カブールのセネガル人

フランス語のchameauは、ヒトコブラクダchameau à une bosseとフタコブラクダchameau à deux bossesを含めたらくだの総称。ちなみに西アジア原産のヒトコブラクダはchameau d'Arabie、中央アジア原産のフタコブラクダは chameau d'Asieとも呼ばれます。

これ以外に、とくにヒトコブラクダをさす言葉としてdromadaireがあります。

chameauという言葉自体はセム系言語から、ギリシャ語(kamêlos)、ラテン語(camelus)を経由してフランス語に入ってきたということですが、19世紀になると前述のような俗語的意味が生まれる。

19世紀初頭、この語は(dromadaire同様)女性に対する蔑みの言葉として使われるようになる(1828)。まずそれは「淫売」の意味で用いられ(「のりもの」の隠喩)、のちには最初の用法が忘れられて「つっけんどんな人」を意味するようになる。(Dictionnaire historique de la langue française
「のりもの」ね…。

日本語の「らくだ」も中国語の「駱駝」を借用したものだが(参照1参照2)、やはり19世紀初頭にこれまた前述のような経緯で別の意味が生じたと。まったくの偶然かもしれませんが、時期的には重なります。もしかすると、このころやはりフランス人もらくだの「実物」に出会うという体験をもったのではないか、などと夢想してしまう。なにはともあれ、日仏で意味はかなり対照的ですね。かたや役立たずの男、かたや淫売女というわけだから。

プルーストに戻りましょう。

ブーローニュの森にセイロン人がいる意味はわかった、それからchameauという言葉の含意もわかりました。ただ、その二つの結びつきがどうもしっくりこない。セイロンはイギリスの植民地です。セイロン人がフランス語を話しているというのがまずおかしい。それに、らくだってセイロンにはいないでしょう…。

じつはchameauのくだりにはもとネタがあります。ある年の夏、プルーストはいつものようにノルマンディーのカブールに滞在している。そのカブールにはセネガル人やモロッコ人がいたそうです。プルーストはそのアフリカ人たちと話している。そこにひとりの婦人が通りかかる。
あるたいへんに愚かなbête婦人が(こういうひとはカブールにはたくさんいます)この黒人たちを見物しにやってきました、まるで新奇な動物bêtes curieusesを見るみたいに。そして黒人たちのひとりに向かって言ったのです。「こんにちは黒んぼさん。」これが彼の神経を逆なでしたのでした。黒人はこう答えました。「おいら、黒んぼだけれど、あんた、らくだじゃないか。」(マドラゾ夫人への手紙、1915年初頭、拙訳)
黒人たちを「めずらしい動物」のようにあつかう婦人たちが、プルーストの目には「愚かな動物」のように映る。その「動物性」を暴いてしまうのが、黒人の発する「らくだ」の一言だったわけです。

セネガルは19世紀末以来フランスの植民地になっているし、モロッコも当時はフランスの保護領になっていた。だから彼らがフランス語を話すのは自然だし、サハラ砂漠のある国から来た人々なのだから「らくだ」の例えが出てくるのも飲みこめます。この話に不自然なところはない。

プルーストは『花咲く乙女』を書くときに、ブーローニュの森の植民地風俗の展示のエピソードとカブールでの愚かな婦人たちのエピソードを、なかば強引にくっつけたのでした。この一節がどうもいまいちすっきりと理解できない理由はそこにあるわけです。

2010年12月3日金曜日

おまえはらくだ。

「らくだ」です。といっても落語の話ではない。

「月番はあなたですか。」「はい、あたし。なに?」「あの、らくださんがねぇ」「あ、っとっとっと。らくだのことでもってきたってだめだよ。あいつにかかわるのがいけないんだからね。ん、もってきちゃだめだよ。」「いえ、らくださんが死んだんですよ。」「えっ、らくだがまいっちゃった? ほんとか、お い!」「そうです。」「ほんとに、死んだ? えっ! んなこといって、おまえ、人を喜ばしたりなんかして…(笑)、ほんとかい?」「ほんとに、まいっ ちゃったんで。」「生き返りゃしないか。」「生き返りません。」「いや、あいつぁずうずうしいから、生き返ってくるよ(笑)。頭、よくつぶしといたらどうだい?(笑)」(古今亭志ん生、「らくだ」より)

落語の「らくだ」というのは、実際のらくだを見たときに江戸町民たちが受けたインパクトがもとになってできた話なのだそうですね。
「ラクダ」というあだ名については、1821年(文政四年)、両国に見世物としてラクダがやってきたことに由来する。砂漠でその本領を発揮するラクダだが、それを知らない江戸っ子達は、その大きな図体を見て「何の役に立つんだ?」と思ったらしい。そこで、図体の大きな人や、のそのそした奴をラクダになぞらえて表現したことが下敷きになっている。(ウィキペディアより)
それはいいとして、本題はこれ。
「おいら、黒んぼだけども、おまえさんは、らくだだよ。」
っていうとなんのことだかわかりませんが、プルーストです。

この部分、鈴木訳で話の流れを確認しましょう。

「いや、ばかげた話ですよ。〔…〕そのブラタン夫人が最近、ブーローニュの森の自然観察園に行ったんですが、あそこに黒人たちがいましてね、セイロン人なんでしょう、〔…〕ともかく、ブラタン夫人はその黒人の一人に声をかけたんです、《こんにちは、ニグロさん!》って〔…〕言われた相手の黒人は、この呼び方が気に入らなかったんです。それでかっとして、ブラタン夫人に言ってのけたんですよ、《俺ニグロ、だが貴様ラクダ!》ってね」「わたし、それがおかしくって!この話、大好きよ。ほんとに《名台詞》でしよ? 言われたブラタンおばさんの顔が目に見えるわ、《俺ニグロ、だが貴様ラクダ!》ですって」。(鈴木訳3、『花咲く乙女たちのかげに I』、231~232頁)

C'est idiot. [...] Elle est allée dernièrement au jardin d'Acclimatation où il y a des noirs, des Cinghalais, je crois, [...] Enfin, elle s'adresse à un de ces noirs : "Bonjour, négro !" [...] ce qualificatif ne plut pas au noir : "Moi négro, dit-il avec colère à Mme Blatin, mais toi, chameau !" — Je trouve cela très drôle ! J'adore cette histoire. N'est-ce pas que c'est "beau" ? On voit bien la mère Blatin : "Moi négro, mais toi chameau !" »(I, 526)
そうです、このまえの「青尻猿」のつづきです。

自然観察園(ジャルダン・ダクリマタシオン)といえばブラタン夫人を思い出す、とスワン夫人 。ずいぶん話が飛躍するじゃないかとまぜっかえすスワンに対し、夫人は、だってあなた、あの話があったじゃありませんか。そううながされて、スワンが語りはじめる話が、これです。

しかしでも、なんでまたブーローニュの森にセイロン人が? この点については、鈴木訳の注がたいへん親切です。
ブーローニュの森の自然観察園には、当時のエグゾチスムの流行に応えて、西欧人の知らない辺境や異国の風俗習慣を紹介する一角があり、ヌピア人、エスキモーをはじめ、さまざまな民族が招かれた。一八八三年、一八八六年には、セイロン人の風俗が紹介された(アンリ・コルベル、『プーローニュの森小史』、一九三一年に拠る)。
また、プレイヤード版の注は、1889年のパリ万博の機会に植民地風物のこの種の「展示」がブームになったことを指摘しています。négroというのも、この頃スペイン語からもたらされた新語でした(Le Petit Robert)。

オーケー。じゃ、「らくだ」は?

ふたたび、鈴木訳の注にこうあります。
ラクダ 原語はchameau 。この語はまた「意地の悪い人」、「人でなし」などの意に使われることがあり、女を指すときには「あばずれ」という意味にもなる.
たしかにTrésorには、俗語として、「身持ちの軽い女に対して軽蔑的に用いられる言葉」と載っている。

展示物のように扱われていた黒人(ニグロ)が、「らくだ」の一言でブラタン夫人をもまた動物園の住民にしてしまい、暗に女としての品位まで貶めてしまった。オデットがおもしろがるのはそんなところからでしょうか。

この話、もうちょっと続きがあります。

2010年10月14日木曜日

生きた地理学

『星の王子さま』の前回触れた箇所については、山崎説を敷衍した片木先生の解説がありました。

〔…〕もちろんフランス人の得意の皮肉である。〔…〕当時の航続距離で、中国とアリゾナを見分けなければならないフライトなどないし、ましてや夜間飛行中である。(片木智年、『星の王子さま学』、慶應義塾大学出版、144~145頁)
山崎庸一郎、『星の王子さまの秘密』(私、未見です)でも触れられていたところだそうです。前回のブログは、片木先生の本のこの記述に気づかずに書いていました。本はずっと手元においてあったのですが…、かたじけない。サン=テグジュペリが地理学を批判するその背景には、彼の飛行士としての実体験、その中で必要とされるような「生きた地理学」があるのだそうです。

この皮肉を訳の中でどう表現するのか。『星の王子さま』翻訳上の数ある難所のうちのひとつといえるでしょう。おそらくその辺の工夫をしているであろうと思われるのは、稲垣直樹訳です。
確かにね、地理の勉強はとてもぼくの役に立ちましたよ。なにしろ、おかげさまで、一目見ただけで、アメリカのアリゾナ州と中国の違いが分かるようになったのですからね。真っ暗闇で、どこを飛んでいるか分からなくなってしまったりしたら、なかなか役に立つものですよ、地理という代物は。(稲垣直樹訳、『星の王子さま』、平凡社ライブラリー、9頁)

2010年10月10日日曜日

『星の王子さま』を翻訳しよう

もうひとつ、サン=テグジュペリの本を翻訳する講座が開講しています。なにをいまさらと言われそうな、『星の王子さま』。

正直言って開講前はこちらも不安だった。何もなかったらどうしようって…。

なにしろ既訳はすでに20を越えています。加藤晴久、『憂い顔の「星の王子さま」』なんていう、これら既訳のあらさがし本(しかもおそるべく正当な、反論の余地のないほどの!)までが世に出ている。いまさら、われわれが訳してみる必要なんてあるのでしょうか。

結論から言うと、やはりやる意味は大いにあったと思う。参加者は4人でしたが、この4人の文章がまたみごとなほどに、各人各様なのですね。結局、最後に重要になるのは、そういうことじゃないか。翻訳として正確であることは、もちろん大事です。でも、それだけじゃだめなんで、誤訳がどうのこうのって話をしていると、どうしてもその辺が見失われがちになる。

私自身の訳はこんな感じになりました。第1章だけ公開します。

六歳のときのことだけれど、すごい絵を見たんだ。それは原生林のことを書いた本の中で、タイトルは、『ほんとうにあった話』。大蛇ボアが獣を呑みこもうとしているところだったな。その絵を再現してみると、こんな感じ。

本にはこう書いてあった。「大蛇ボアは獲物をまるごと、かまずに呑みこんでしまう。するとあとはもう動くこともできず、消化に必要な半年の間眠りつづけるのである。」

それでジャングルで起こる出来事についてあれこれ考えたあげく、ひとつ自分でもってことで、色鉛筆を手にして描いてみたら、生まれてはじめての絵が完成したってわけ。僕の作品その一、それはこんなふうだったよ。

僕はこの大傑作をおとなのひとたちに見せて、この絵が怖いかってきいてみた。

みんなは答えたね、「帽子が怖いことがあるかい」って。

僕の絵に描いてあったのは、帽子じゃなくて、大蛇ボアが象を消化しているところだったんだ。それで僕は、おとなにもよく分かるように、ボアのお腹の中を描いた。おとなっていうのは、説明しないと分かってくれない人たちだからね。僕の作品その二はこんなのだった。

内側だか外側だか知らないが大蛇ボアの絵はもうやめにして、地理や歴史や算数や文法のことを考えたほうがいい、おとなのひとたちにはそう言われた。そんなわけで、六歳にして、僕は画家としての華々しいキャリアを放棄したというわけ。作品その一と作品その二の評判が芳しくなかったんで、やる気がそがれてしまったんだな。おとなは自分じゃ何にも理解しない。いつもいつもわけを説明してあげなければいけないっていうのは、子供としてはほんとうにうんざりすることだよ。

おかげで僕はほかの職業を選ばなければならなくなって、飛行機の操縦を覚えた。全世界をあらかた飛びまわったさ。そうすると地理は、なるほどおっしゃるとおりで、ずいぶん役に立ったよ。僕は土地を一目見ただけで、それが中国なのかアリゾナなのか言うことができた。夜の間に航路からそれてしまったような時には、これがとても大事になるんだ。

今までの僕の人生には、そんな堅実なひとたちが山ほどいて、つきあいは山ほどあったよ。ずいぶん長い間、僕はおとなたちに交じって生きてきた。彼らをじっくり観察したんだ。それでも、彼らについての僕の見かたはあいかわらず変わらなかったけれどね。
おとなの中でもこの人ははちょっと分かっているみたいだって人に出会ったときには、僕の作品その一をためしに見せるようにしていた。いつだって手もとに置いていたからね。ほんとうに分かっている人なのかどうかが知りたかったんだ。でも、いつでも相手は、「帽子です」って答えたよ。だから僕は、大蛇ボアの話も、原生林の話も、星の話もすることはなかった。相手に合わせてつきあっていたわけで、ブリッジやゴルフや政治やネクタイの話をするようにしていたんだ。そうすると、おとなのひとは、こういう常識のある人間と知り合いになれて良かったと満足そうだったよ。
今回、とくに第1章は、まず自分で訳したあとに、原文と付き合わせながら既訳のひとつひとつを仔細に見ていったのですが、そんな中であらためて感じたのは、内藤訳のあの独特の強さに並ぶべきものは、新訳の中に,も見あたらないってことなのですね。たとえば、あまりにも印象的な冒頭部分。
六つのとき、原始林のことを書いた「ほんとうにあった話」という、本の中で、すばらしい絵を見たことがあります。それは、一ぴきのけものを、のみこもうとしている、ウワバミの絵でした。これが、その絵のうつしです。
その本には、「ウワバミというものは、そのえじきをかまずに、まるごと、ペロリとのみこむ。すると、もう動けなくなって、半年のあいだ、ねむっているが、そのあいだに、のみこんだけものが、腹のなかでこなれるのである」と書いてありました。(内藤濯訳、『星の王子さま』、岩波少年文庫、七頁
私なんぞはこれ、一分のすきもない名文といいたい心持です。ちなみに、「けもの」と「こなれる」には傍点。傍点、ブログでは打てないので、太字にしてあります。なんでまた傍点なのか。説明不能ですけれど、すご味がありますでしょう。

だから、最終的には、なにが正しいかだけじゃない。ひとはそれぞれ、世界を愛するその仕方が違うってことが肝心なのです。それって結局、サンテクスがこの作品で言いたかったことじゃないでしょうか。

ともあれ、私はといえば、重箱の隅つつき家、人のあらさがし家みたいなところもありますので、どうしたっていろいろとさがしてしまいます。

たとえば、第1章のこの部分はどうなのか、
そこで、ぼくは、しかたなしに、べつに職をえらんで、飛行機の操縦をおぼえました。そして、世界じゅうを、たいてい、どこも飛びあるきました。なるほど、地理は、たいそうぼくの役にたちました。ぼくは、ひと目で、中国とアリゾナ州の見わけがつきました。夜、どこを飛んでいるか、わからなくなるときなんか、そういう勉強は、たいへんためになります。(内藤濯訳、九頁
J’ai donc dû choisir un autre métier et j’ai appris à piloter des avions. J’ai volé un peu partout dans le monde. Et la géographie, c’est exact, m’a beaucoup servi. Je savais reconnaître, du premier coup d’œil, la Chine de l’Arizona. C’est très utile, si l’on s’est égaré pendant la nuit. (Antoine Saint-Exupéry, Le Petit Prince, coll. Folio, Gallimard, 1999, p. 14.)
ここは単純に、こう突っ込みたくなるところなのですね。「夜、どこを飛んでいるか、わからなくな」ったときに、地理の知識って役に立ちますか? 暗闇の中を飛行しながら、「ひと目で、中国とアリゾナ州の見わけ」がつくなんて、ありえるでしょうか。

これは内藤訳だけの問題ではなくて、新訳のどれを見てもこの部分の訳し方は基本的に変わっておらず、したがってあいかわらず生じざるをえない疑問です。

私は「夜の間に航路からそれてしまったような時には、これがとても大事になるんだ」と訳していますが、これはまよう瞬間と、土地を目にして地理学の知識を活用する瞬間とのあいだに時間差があるという解釈からでした。要するに、朝になってはじめて、しかし瞬時に、自分の誤りに気がつくことができるということ。

ところが、かなり「アカデミックな」山崎庸一郎は、この一節の後半部分を以下のように訳したあとで、さらに註をつけています。
地理が大いに役立ったことは確かです。私はひと目で中国とアリゾナ州を見分けることができるようになりました。夜間にまよってしまったとき、このことはとても役に立ちますものね。
(註)そのような現場では、たとえ中国とアリゾナ州を地図上ですぐ見分けられるようになっていたとしても、そのような机上の地理の知識はなんにもならない。「大いに役立ちますものね」は皮肉。
 つまり山崎氏の解釈では、ここで問題になっている「地理」とはあくまで「机上の」知識のことであり、「ひと目du premier coup d’œil」で土地を見分けることができるのは地図の上のことでしかない。なるほど、「中国」や「アリゾナ州」などという地名がいささか現実ばなれしているし、あとで出てくる「地理学者」に関する一節のことを考えても、サン=テグジュペリがそのような「皮肉」をこめている可能性は理解できないではない。

しかし、そうだとすると、本当にひねくれたものの言い方をする人だと思いませんか、サン=テグジュペリという人は。

2010年10月2日土曜日

青尻猿

7月以降、ほとんど死んでいました。死んでないふり、してましたけど。

カルチャーで新講座が2つはじまって、それに公開講座が重なったら、それだけでいっぱいになってしまった。なさけないです。

なるべく人に迷惑はかけないようにしたかったのだけれど、正直いって、こちらのふがいなさに呆れ返った人、けっこういたと思います。
お読みにならないとは思いますが、そういうかたがたには、この場を借りて謝りたい。すみませんでした、本当に。

しかし、厄介な仕事がひとつようやく最近(でもないけど)ひとつ片づきました。ギリシャの地理をフランス語で記述した本を見ず知らずの人が翻訳したものの校正です。とほほ…。本当に本当に骨の折れる、とほほな仕事でした…、もとの訳が最低だったし…。

さて、カルチャーでの新講座のひとつが、『プルースト原典講読』。ご病気で休養されているグルナック先生の代講です。

第一回目、いきなりこんな奇妙な一節に遭遇しました。お昼のスワン家のサロンでの会話。スワンが「ジャルダン・ダクリマタシオン」(自然観察園)という言葉を口にすると、スワン夫人はすかさず、「そういえば」と言いながらブラタン夫人の話題を持ち出すという場面。

Mais quel rapport a-t-elle avec le jardin d'Acclimatation ? — Tous ! — Quoi, vous croyez qu'elle a un derrière bleu ciel comme les singes ? — Charles, vous êtes d'une inconvenance ! (I, 526)
「だがね、彼女と自然観察園とどんな関係があるのかね?」「大ありですわよ。」「なんだって、あなたは彼女が自然観察園のサルみたいに、真っ青に澄んだお尻をしていると思ってるのかね?」「まあ、シャルルったら!なんて無作法なことをおっしゃるの!〔…〕」(鈴木訳3、『花咲く乙女たちのかげに I』)
空のように澄んだ色のお尻をもった猿? 思い浮かべられますか…。

井上訳では、おそらくまよった挙句、こんなふうになっています。
「へえ、あの女はあそこのお猿さんのようにどこやらが夕やけ小やけだとでもいうのかね?」l「シャルルったら、まあ無作法なかたねえ!」(井上訳2、『花咲く乙女たちのかげに I』)
内藤訳『星の王子さま』同様に、しばしば誤訳論議など超越した味のある文章になっているのが井上訳です。

ところで、空色のお尻の猿。調べてみたら、いるみたいですね。


英語名でBlue-butt-monkey。日本語、フランス語では…、不明です。
これはケニアのアンボセリ国立公園での写真ですが、世紀末のジャルダン・ダクリマタシオンには、ブルー・バット・モンキーがいたのでしょうか。

2010年5月29日土曜日

もうひとつの道

接続法半過去について、まとめておきましょう。

  1. 語幹は、単純過去の語幹+母音(a、i、in、u)
  2. 語尾は、- sse, - sses, - ^t, - ssions, - ssiez, - ssent 
教師としては、このような説明の仕方をすることに決めました。

ただ、個人としてはまた別です。個人的には、石野好一、『フランス語の入門』(192頁)の以下の説明に勝るものはないと思っています。
語幹の形は直説法単純過去形とまったく同じです。
接続法半過去形の語尾も、直説法単純過去と同様に大きく3通りあります。
  • a型 je - asse, tu - asses, il - ât, nous - assions, vous - assiez, ils - assent
  • i型 je - isse, tu - isses, il - ît, nous - issions, vous - issiez, ils - issent
       (je - insse, tu - insses, il - înt, nous - inssions, vous - inssiez, ils - inssent)
    • u型 je - usse, tu - usses, il - ût, nous - ussions, vous - ussiez, ils - ussent
    どの型に属すかについても、直説法単純過去形とまったく同じです。
    おお、なんとシンプルな。

    ここで注目すべきは、単純過去と接続法半過去を貫く、法則の一貫性です。

    語幹を「作る」必要など、そもそもなかったのです。「直説法単純過去形とまったく同じ」と考えればすむのですから。なぜ、単純過去ではテーマ母音(a、i、in、u)を語尾の一部と考え、接続法半過去では逆に語幹の一部と考えなければいけないのか。同じ発想をすればいいだけの話ではないか。

    『フランス語の入門』のこのページを読んだとき、目から鱗がはらはらと落ちる音を、私は聞いたのでした。同時に、少なくとも単純過去と接続法半過去に関するかぎり、活用の「説明」などは何通りかの可能な説明の一つにすぎず、けっして絶対的なものではないという事実にいまさら気づかされて、愕然としたのでした。

    ここまで歯切れが良くはないものの、『新・リュミエール』も同様の操作が可能なことを示唆しています。フランス語のサイトでは、FrançaisFacile.comの説明の仕方も、これと同様です。

    2010年5月28日金曜日

    楽勝だね! 接続法半過去

    接続法半過去と言うと思い出すのが、このイメージ、

    ソルボンヌのフランス文明講座で使った教科書、Grammaire du françaisの中に出ていたものです。

    これをはじめて見たときにはちょっとびっくりしました。たとえギャグにせよ、接続法半過去で話す大時代的人物というものが想定しうるなどとは思ってもいなかったからです。これが笑いになりうるということは、こんな人がいてもおかしくはない、というのが前提にあるということでしょう。それが意外だったのです。接続法半過去なんて古文みたいなもの、くらいに思っていましたから。

    接続法半過去について、とりあえず教科書的な知識をまとめておきましょう。

    まず語幹は、「直説法単純過去2人称単数形より、- sを除いたもの」(『新・リュミエール』、321頁)です。

    ここに、以下のような活用語尾がつきます。

      - sse, - sses, - ^t, - ssions, - ssiez, - ssent

    ここですぐさま、次のようなことに気がつくはずです。
    1. 直説法単純過去と接続法半過去は、3人称単数形においてはほとんど違いがない。直説法単純過去でi(in)型、u型の活用型を取るものについては、アクサン・シルコンフレックスが加わるだけである(例: il finit → il finît、il vint → il vînt、il eut → il eût、il fut → il fût)。a型の活用型を取る動詞では、さらにもともとなかった語尾の- tが加わる(例: il aima → il aimât)。
    2. それ以外の活用形では、必ずsが2つつき、そのあとに接続法現在の活用語尾(- e、- es、- ions、- iez、- ent)がついたような形になっている。

    それにしても引っかかるのは、「直説法単純過去2人称単数形」というところです。よりにもよって、「2人称単数」です。誰も使わないであろう、という形です。おそらくは一生見ることがないであろう、という形です。

    こう言い切ってしまっていいでしょう。tu travaillasなんて、現実にはほとんどありえない形です。そんなもの、すっと思い出せますか。いちいち、思い出せなければいけないのでしょうか。これを思い出してからでなければ、接続法半過去は作れないのでしょうか。

    単純過去2人称単数を経由する説明の仕方は、ほとんどの参考書が採用しています(『新・リュミエール』以外に、『フランス語のABC』、『フランス文法の入門』、『魔法の仏文法』など)。不思議なくらいにスタンダードです。これはどこから来ているのでしょうか。フランスの文法書の中でこのような教授法が確立されていて、それに準じているのかと思ったのですが、そういうわけでもないようです。

    先に触れたGrammaire du françaisでは、単純過去の2人称ではなく1人称単数を出発点にしていて、- er動詞は、たとえばparlerだったら、je parlaiの最後のiを取る、それ以外だったら、jeの活用形から最後のsをとる、たとえばfinirだったら、je finisのsを取る、というふうに説明しています。

    もうお分かりでしょう。接続法半過去の語幹は、単純過去の語幹を、a、i、in、uといった母音のところまで含めて取り出せば作れる、というわけです(aima-, fini-, vin-, tin-, eu-, fu-, etc.)。そして、これを取り出す方法を説明する際に、単純過去の2人称単数を出発点にすると、説明が少しだけ簡単になる。出発点が2人称単数でなければならない理由というのは、じつはそれだけなのです。

    ならば、出発点をむしろよく使う形である単純過去の3人称単数にしてはいけない理由があるでしょうか。il travaillaというのは、2人称単数のtu travaillasとちがって、知っていなければいけない形です。ここを出発にした方がはるかに現実的です。

    そうすることの明確なメリットがあります。目的とする形が接続法半過去3人称単数なら、ほぼ自動的に(アクセントをつけ、必要に応じてちょこっと変えるだけで)作れてしまう(il travailla → il travaillât)。そして、それだけで住んでしまう確率は、かなり高い。さらにそうでない場合でも、接続法半過去の活用語尾について記した前述の法則の二番目を適用すればいい(je travaillasse, tu travaillasses, nous travaillassions, vous travaillassiez, ils travaillassent)。それだけの話です。

    話は、少しだけ複雑になった。でも、じつは単純な話だし、実際の頭の労働ははるかに軽減されているはずです。

    単純過去の3人称単数さえ(それだけ)知っていれば、接続法半過去は簡単に作れます。接続法半過去の活用は、じつは難しくもなんともないのです。

    2010年5月16日日曜日

    浅草三社祭

    東京で用事を済ませしのち、吾妻橋の上にて、アンリとその道連れなるオルレアンのエビちゃんと落ち合う。浅草寺付近を徘徊し、縁日などをのぞき、三社祭の御輿を見物す。エビちゃんは写真愛好家なり。


    町中でも居残りて練り歩く御輿の一団に遇う。アンリ曰く、祭り囃子の笛の音に、不思議に心魅される思ひがし、取り分けて面白きかなと。

    駒形どぜうにて、どぜう鍋を食ふ。


    その後、街を歩きまわり、餃子を食ひ、ビールなど飲むうちに深夜となり、あとの二人「六本木、六本木」などとうるさく言ひければ、これに耳を貸さず帰路に就く。

    アンリ、そののち終電をのがしたり。

    2010年5月14日金曜日

    Henri est arrivé !

    火山灰をかいくぐって(ちゃうちゃう)、アンリ、ヨーロッパ大陸脱出成功! 初来日である。


     深大寺温泉にて(暗っ!)。  その後、そば屋へ。

    2010年5月10日月曜日

    「書き言葉」って言われても

    単純過去はどういうときに使うのでしょうか。

    単純過去は書きことばの過去で、会話では用いられませんが、複合過去は会話などもっぱら話しことばで用いられます。(数江穣治、『フランス語のABC』、新装版、白水社、203頁)
    これから学ぶ直説法単純過去という時称は、文章語に多く用いられる過去の時称です。口語だけが生きたフランス語ではなく、文章語もフランス語としてまさに生きた存在です。われわれが知的にフランス文化に触れるには、欠かすことのできない時称なのです。(森本英夫・三野博司、『新・リュミエール』、新装版、駿河台出版社、311頁)
    しかし、フランス語を教えるときに、このように「書きことば(文章語)」と「話しことば(口語)」の対立だけを強調してしまうと、誤解が生じる可能性なきにしもあらずです。

    念のためにいっておくと、日記や手紙の中では、それがどれほど格調高いものであっても、単純過去は用いられません。そうしたものは複合過去で書かれます。

    「書き言葉」、「話し言葉」に関して、もう少し慎重な言いかたをしている参考書もあります。
    …単純過去は歴史的過去(le passé historique)ともいわれ、主に書き言葉で小説や物語、歴史の叙述などに用いられるのに対し、複合過去は書き言葉でも話し言葉でも幅広く用いられる。(渡辺公子、『魔法の仏文法』、駿河台出版社、205頁)
    重要なのは、まさしくこうした語りのスタイルの問題、あるいは小説・物語・歴史といった文学ジャンルの問題であるはずです。

    書き言葉といってもいろいろあるわけで、手紙、日記、エッセイは、複合過去で書かれますし、新聞記事も今では複合過去で書かれているのが普通です。また、学術書や論文の中で複合過去に出会うことは、きわめて普通のことです。……というか、なはずです。そういうことについて詳しく親切に記述している本は(よく知りませんが)あまり見あたりません。

    ただし新聞記事というのは、けっこう微妙な問題です。
    単純過去形と前過去形は、現代語では書き言葉、特に小説・物語や、歴史の記述・新聞記事の一部などでしか用いません。(石野好一、『フランス語の入門』、白水社、190頁)
    「新聞記事の一部」というのは、いわゆるルポルタージュ風のものを想像すればよいのでしょうか。

    『フランス語ハンドブック』(初版は1978年)では、比重のおかれかたが逆転しています。 
    〔複合過去は〕ある種の報道文、時には小説の地の文でも、特殊な文体的効果を狙って使用されることがある。(改訂版、白水社、227頁)
    ここでは新聞記事は複合過去ではなく単純過去を基調として書かれるものであるというのが前提になっているわけです。そして実際、例として引かれた「五月革命」についての記事(229頁)では、そのようになっている。これは思うに、つい最近までフランスの新聞記事では単純過去が主流だったということではないのか。実に興味深い問題ですが、残念ながら詳しいことは知りません。

    いずれにしても、われわれが単純過去を用いて文章を書くことは非常にまれです。それは実はフランス人にとっても同じことだと思います。論文・レポートなどの中で、ある事柄についてまとまった歴史を客観的に記述しなければならなくなった時、くらいではないでしょうか。あるいは、フランス語で小説や伝記(自伝)を書く場合とか。そういうことが必要な人は、ですからあまり多くありません。それ以外のケースは、ちょっと思い浮かびません。

    要するに「書き言葉」として習う単純過去ですが、実際に書き言葉として使うことはほとんどなく、われわれにとってはむしろ「読み言葉」として現れてくるべきものなわけです。

    単純過去のこのような「読み言葉」としての性質から、かなりの参考書が、三人称を中心とした学習をすすめています。 石野好一、『フランス語の入門』にいたっては、活用表に三人称しか掲げていない(!) いずれにせよ、単純過去の学習には、他の時制の時とははっきり異なる戦略が必要になると思います。個人的には、すでに書いたとおり、代表として三人称単数形を覚える。これで十分だと思います。もちろん、必要なら他の人称の形を導き出せるということが前提ですが。

    われわれが読書の中で単純過去の一人称に出会うのは、どういうときか。自伝、あるいは自伝的小説を読むような場合です。

    では、二人称はどうか。はっきり言って、これに出会うことは皆無に等しい。単純過去の二人称で書かれた伝記、あるいは伝記的小説というものはありうるか、と先日ちょっと夢想しました。ありうるとは思いますが、そういうものが存在するという話は聞いたことがありません。(ビュトールの『心変わり』という二人称で書かれた小説がありますが、この小説の基本時制は現在のようです。)

    自伝の文体の中でもつねに「私」が主語となるわけではないので、三人称以外の単純過去にわれわれが出会う確率は、総じていえば、一割にも満たないのではないでしょうか。ですから、je reçus, tu reçus, il reçut, nous reçûmes... などと覚えるのは、はっきり言って愚の骨頂です。一生に一度も出会わない可能性のある形を一生懸命暗誦しているわけですから。

    あとは、単純過去と複合過去の意味の違いについて一言。

    単純過去が、現在から切り離された過去を客観的に語る時制であるということはたいていの参考書に書いてあります。複合過去で語られる過去は、その反対に、現在との間に何らかの関係を保っているとされます。

    初級参考書の中でこの点について詳しく触れているのは、たとえば『魔法の仏文法』です。
    〔単純過去は〕現在とはつながりを持たない過去の出来事や行為を表す。まずはこの点で、過去の行為の結果である現在の状態を表す複合過去と対立する。(205頁)
    この本質的違いはきわめて重要ですが、同時にフランス語初級者にはとらえがたく、単純過去=客観的、複合過去=主観的という、必ずしも正確とはいいがたい対立だけが印象に残ってしまうことも多いようです。問題はしかし、「客観」と「主観」、本来の(現在と切り離された)過去と現在完了的な(現在とつながりのある)過去との間の境界線はいったいどこにあるのか、ということです。そして、この境界線が歴史的に移動してきたということを、いちおう押さえておくことが、どうしても必要になります。
    かつて複合過去形は、行為の結果が現在にまで続いていることを表していました。
    他方、現在(発言の時点)とはつながりのない過去を表すのは、単純過去形という形がもっぱら受け持っていました。
    ところが、日常生活(話し言葉の世界)では、過去の出来事が現在につながる現在完了的なことがらが多く、単純過去形よりも複合過去形の方が頻繁に使われるようになりました。その結果、話し言葉では、単に過去の出来事を表すときにも、この複合過去形が用いられるようになり、単純過去形は(現在とは切り離された)物語の世界や書き言葉に追いやられることになってしまいました。
    そういうわけで、現在では、話し言葉では、過去の出来事を表すときに複合過去形を用いるのが普通になりました。(『フランス語の入門』、128頁)
    この複合過去が単純過去の領域を徐々に浸食していくというイメージは大事だと思います。主観の領域、現在完了の領域が拡大し、客観や本来の過去の領域にまで入り込んでいったというわけです。これは「話し言葉」と「書き言葉」の間でもいえることではないでしょうか。

    最後に、さっきルモンドのページからコピーしてきた一節を引用します。昨日、アイスランドの火山活動がふたたび活発化して、ヨーロッパの空の交通に混乱が生じました。空域を閉鎖した国が出たことから、フランスでも約100便が欠航になりました。(おかげでフランスから来る予定だった友達が来られなくなった。)
    La première vague du nuage est passée sans encombre dimanche au-dessus de la France comme l'avait annoncé la DGAC qui a maintenu ouvert l'espace aérien français ainsi que tous les aéroports. Les cendres, dont la concentration n'était pas jugée assez importante pour "provoquer des conséquences sur le trafic aérien", ont été en partie dispersées par les pluies qui ont atteint la Loire dans la journée.
    火山灰の雲の第一波は、日曜日、フランス上空を通過したが、これによる問題は生じなかった。 民間航空管理局(DGAC)はこれをあらかじめ伝えており、フランスの空域は閉鎖されず、全空港は営業を続けていた。火山灰の濃度は「空の交通に支障を来すほど」深刻なものではないとみられていたが、同日ロワール地方に降った雨のおかげでその一部は消散した。
    こうした複合過去を「主観的」なり、「現在と何らかのつながりを持つ」といったように理解することは、ほとんど意味をなさないでしょう。ここでの複合過去は、単に報道文の今日における習慣として用いられているにすぎません。

    過去の時制の間のそういうニュアンスが大事になるのは、実は、単純過去を用いる文体の中に複合過去が混入するようなケースです。その話は、そのうち時間があったら書きたいと思っています。

    2010年5月5日水曜日

    単純過去の活用型と語幹

    そうこうしているうちに、二年生の講読がはじまる。さっそく、単純過去を教えなければならない羽目に。

    というわけで、単純過去についてここにまとめておきます。

    単純過去の活用語尾には、以下の三つ(あるいは三つ半)の活用型がある。

    1. a型:- ai, - as, - a, - âmes, - âtes, - èrent
    2. i型:- is, - is, - it, - îmes, - îtes, - irent (in型:- ins, - ins, - int, - înmes, - întes, - inrent)
    3. u型:- us, - us, - ut, - ûmes, - ûtes, - urent
    動詞の不定詞語尾と単純過去の活用型との間には密接な関係がある。
    • -er動詞は、allerを含め、a型。
    • -ir動詞は、ほぼつねにi型。例外は、u型になるcourirとmourir。また、venirとtenirはin型になる。
    • -oir動詞は、ほぼつねにu型。例外は、i型になるvoir、asseoir、surseoir。
    • -re動詞は、多くの場合i型。しかしu型もかなりある。たとえば、vivre、lireなど。
    多くの参考書がこの関係について触れているが、例外まで明記しているものはわずかである。(とくに新倉俊一、『問題本位 フランス文法』、白水社、56~57頁。また、島岡茂、『フランス語統辞論』、大学書林、「ねね先生のフランス語初級文法講座」も参考になった。

    「ロワイヤル」末尾の動詞活用表で確認してみたが、-ir動詞と-oir動詞について上に挙がっている以外の例外は見つからなかった。ただ、haïrでは、j'haïs、tu haïs、il haïtとつねにトレマが現れ、複数形も、nous haïmes、vous haïtes、ils haïrentとなって、nousやvousのところでもアクサン・シルコンフレックスが付かない。

    単純過去の活用を覚えるとは、それぞれの動詞について、それが単純過去において、どの活用型、どのような語幹をとるのかを覚えることにほかならない。すでに見ているようにある程度の規則性があるが、万能ではなく、個々の動詞について学んでいかなければならない。一番効率の良い覚え方は、個人的には三人称単数形を覚えることだと思っている。この点についてはまたあとで触れる。結局覚え方は人それぞれだが、とりあえず、以後単純過去を書くときには三人称単数形で代表させることにしよう。

    語幹のつくりかたに関しては、参考書によって説明がまちまちである。
    • -er動詞は、-erを取る。これはどの参考書でも変わらない。活用型は前述のようにつねにa型。
        • donner → il donna 
        • aller → il alla
    • -ir動詞は、-irを取る。-er動詞以外では過去分詞から作られる場合が多いとしてお茶を濁している参考書もあるが、-ir動詞ではこれがあてはまらないものがかなりある(ouvrir、offrir、vêtir)。原則として不定詞から-irをとってi型と覚えた方がよい。
        • finir → il finit
        • partir → il partit
        • dormir → il dormit
        • sentir → il sentit
        • accueillir → il accueillit
        • ouvrir (ouvert) → il ouvrit
        • couvrir (couvert) → il couvrit
        • offrir (offert) → il offrit
        • vêtir (vêtu) → il vêtit
      •  あとはacquérir、conquérirだけ気をつければ良いようである。この場合は、過去分詞から作らなければならない。
        • acquérir (acquis) → il acquit
        • conquérir (conquis) → il conquit
      • 前述のように、venirとtenir、およびこれらから派生した動詞はin型になる。
        • venir → il vint 
        • tenir → il tint
        • devenir → il devint
        • retenir → il retint
        • u型になるcourirとmourirは別個に覚える。
          • courir → il courut
          • mourir → il mourut
      • -oir動詞、-re動詞は、多くの場合過去分詞から作れる。この最後のカテゴリーについてこれ以上突っ込んだ説明をしている参考書は見あたらないが、場合分けして分析してみるとさらなる法則めいたものが浮かびあがってくる。以下、個人的に気づいたことをメモした上で、それぞれにあてはまる例を挙げておく。
        •  -oir動詞では、単純過去の生成は概して非常に規則的である。-oir動詞の過去分詞は原則としてuで終わる(石野好一、『フランス語の入門』、白水社、127頁)ので、これをそのまま生かしてu型の活用語尾をつけていけばよい。
          • savoir(su) → il sut
          • recevoir (reçu) → il reçut
          • pouvoir (pu) → il put
          • vouloir (voulu) → il voulut
          • valoir (valu) → il valut
          • falloir (fallu) → il fallut
          • pleuvoir (plu) → il plut
          • devoir (dû) → il dut
        • ただし前述のi型になる動詞voir、asseoir、surseoirについては、別個に覚える。
          • voir → il vit
          • asseoir → il assit
          • surseoir → il sursit
        • -re動詞のなかでu型の活用になるものは過去分詞がuで終わる動詞であり、例外は見あたらない。この場合も、単純過去の生成は-oir動詞の時のように行う。
          • vivire(vécu) → il vécut
          • lire (lu) → il lut
          • croire (cru) → il crut
          • boire (bu) → il but
          • connaître (connu) → il connut
          • apparaître (apparu) → il apparut
          • résoudre (résolu) → il résolut
          • plaire (plu) → il plut
        • ただし、-re動詞のなかには過去分詞がuで終わっていてもu型の活用にならないものがある。この場合、単純過去の生成はuをとった上で、i型の活用語尾を付ける。
          • attendre(attendu) → il attendit
          • rendre (rendu) → il rendit
          • perdre (perdu) → il perdit
          • battre (battu) → il battit
          • vaincre (vaincu) → il vainquit
        • -re動詞で過去分詞がuで終わらないものはつねにi型の活用になるが、これを語幹の成り立ちの点からさらに3つのタイプに分類できる。まずは過去分詞から語幹を作れるもの。
          • mettre (mis) → il mit
          • prendre (pris) → il prit
          • dire (dit) → il dit
          • rire (ri) → il rit
          • suffire (suffi) → il suffit
          • suivre (suivi) → il suivit
        • つぎに語幹が過去分詞でなく、直説法現在複数形と関わりがあるもの。
          • écrire → il écrivit
          • conduire → il conduisit
          • atteindre → il atteignit
          • éteindre → il éteignit
          • craindre → il craignit
          • joindre → il joignit
        • 最後に、まったく特殊な語幹を持つもの。
          • faire → il fit
          • naître → il naquit

      2010年5月4日火曜日

      「勇気を持て!」

      トゥルニエの短編では、辞書による読みの違いが生まれる可能性があまり見られなかったと書いた。ただし一箇所だけ、辞書によって訳語がかなり異なる例があった。意外な単語である。

      トゥルニエの短編の話者は、二人姉妹の姉のサラの性格を、こんなふうに描写する。

      toujours active, prévoyante et courageuse
      いつも活発で、目先の利いたしっかり者
      サラは「courageuse」なのである。こんな言葉を辞書で引こうとすら思わない人が大半かもしれない。しかしいずれにせよ、これを「勇敢」と訳して違和感を感じない人は少ないのではあるまいか。さらに辞書を引き比べてみれば、われわれは実に興味深いヴァリエーションに遭遇するのである。
      勇敢な ― attitude courageuse しっかりした態度(小学館ロベール)
      勇敢な、けなげな(ロワイヤル、ディコ)
      勇敢な、健気な、元気な、大胆な(クラウン)
      勇敢な、勇気のある; 気丈な、けなげな(プチ・ロワイヤル)
      勇敢な、気丈な; くじけない(プログレッシブ)
      要するに「courageux」であるということは、日本語の「勇敢」であることにくらべて、より広い意味をもっているのだ。「courage」と「勇気」についても同様のことがいえる。「courageux」であるとは、「qui a du courage」(Le Petit Robert)ということにほかならないからである。

      上の比較結果がはっきりと示しているのは、一対一対応の訳ではとらえられないこのような単語の意味をより正確に表そうとする意図が、最近の学習仏和に見られるようになっているという事実である。

      ちなみに「courage」には、「勇気」、「元気」とはまた別の、「熱意」(プチ・ロワイヤル、クラウン)、「やる気」(ディコ)という意味もある。したがってそれに呼応して、「courageux」にも、「熱心な」、「精力的な」(ロワイヤル、クラウン)、「やる気のある」(ディコ、プチ・ロワイヤル)、「がんばり屋の」(ディコ)といった意味をつけ加えなければならない。ここでもやはり、ディコの提示する訳語の個性、自然さは注目に値する。

      しかしいずれにしても、仏和が提出するのはもとの単語の「訳」であって、定義ではない。単語の意味そのものを理解しようと思ったら、仏仏を引くにまさる方法はない。「courageux」が「courage」を持つことであるなら、「courage」とは何か。それが単なる「勇気」でないことを理解するためには、「Bon courage !」という言いかたを思い出してみれば十分である。それはもちろん、「勇気を持て!」という意味ではなく、「がんばれ」、「しっかり」という意味だということは誰でも知っている。

      「courage」をLe Petit Larousseで引いてみるとまず、こんなふうに書いてある。
      Force de caractère, fermeté que l'on a devant le danger, la souffrance ou dans toute situation difficile à affronter. Cette femme a beaucoup de courage.
      物理的・精神的な意味で困難なあらゆる状況で人が持ちうる性格的強さ、あるいは毅然とした態度のことを、フランス語では「courage」というわけだ。

      さらに、「熱意」や「やる気」の意味での「courage」には別の定義が与えられている。
      Ardeur, zèle pour entreprendre quelque chose ; envie de faire quelque chose. Il n'a pas eu le courage de se lever si tôt.
      だから第一の意味での「courage」のところで挙げられていた例文 Cette femme a beaucoup de courage (= est très courageuse) は、「あれは気丈な女だ」、「あの女はしっかり者だ」という意味以外に、たとえばある新入社員について言われたとすると、「彼女はやる気がある」、「がんばり屋だ」みたいな意味にもなるはずだ。トゥルニエの短編の女主人公サラについての「courageuse」にしても、「しっかり者」と訳したが、これを「働き者」と訳す人もいるかもしれない。
      仏仏といえばまず名前が挙がるのはLe Petit Robertで、実際自分も翻訳の仕事で役に立っているのは圧倒的にLe Petit Robertの方なのだが、こんなふうに単語の「そもそもの」意味が知りたいなどというときにはLe Petit Larousseの方がしっくりくる。Larousseの辞書は、われわれが国語の辞書を引くような感覚で引くべきなのだと思う。難しい単語や熟語を調べるためではなく、単語本来の意味や定義を知るための、本当の意味で「学習用」の仏仏として使ったとき真価を発揮するのではないだろうか。このような仏仏の使用は、あるレベル以上になると欠かせなくなってくる。

      ちなみにフリー・ディクショナリーというオンライン辞書に含まれているフランス語の辞書は、Larousse Pratique(4万語収録、Le Petit Larousseは59,000語)、Larousse Maxipocheなどがベースになっているようです。入門編としては良いかも。私自身もよくここから例文や定義をコピペしたりしています。

      学習のための仏和、再再考

      続きますと言いつつなかなか続けられなかった辞書に関する話、続けます。

      カルチャーでの翻訳講座では、バカロレアについてのエッセイにつづいて、ミシェル・トゥルニエの短編「Les deux sœurs」を読んだ。

      で、まず意外なことにというべきか、文学テクストを例にとって辞書を引き比べてみた場合、ジャーナリズム風の文章の時にくらべて、ずっと辞書の間の差が目立ちにくかった。学習仏和を使った場合でも、中辞典、大辞典とくらべて、とくに不都合は感じられなかった。 s’en remettre à(~に頼る、まかせる)、jeter son dévolu sur(~に白羽の矢を立てる)、prendre son parti de(~をあきらめて受け入れる)のような成句だけでなく、Va (Allez) savoir(そいつは分からないな)のような口語表現、「Aide-toi et le ciel t'aidera」(天は自らを助くるものを助く)のような諺、Corbeille [de mariage](男がフィアンセに贈る贈物)のような特殊な語義を、どの学習仏和でも調べることができたのである。フランス語初級者が買うように勧められるこれらの辞書で、トゥルニエの短編のこの2ページほどの抜粋をほぼ完璧に読むことができたのだ。

      これはどういうことか。トゥルニエという作家の「古典的」性格のためか。おそらくそれだけではないと思う。

      ちなみに、上に挙げた表現の大部分は、Le Petit Larousseには載っていない。だからわれわれのまわりにある学習仏和辞典がどれもこれらの表現を網羅していることは、けっして当たり前のことではない。むしろ驚くべきことなのである。前回触れたように、これらの辞書がフランス語の現用に合わせた改良を行いつつあるのは事実としても、こうした辞書はまずそれ以前にやはり文語志向、文学志向であり、そのような観点からみてもきわめて質の高いものなのだ。

      そんなことを考えているうちに、カルチャーでフランス語初級講座が始まった。聴講者の方々が求めているのは、ディコやプチ・ロワイヤルですらなかった。これらはもうすでに、大きすぎ、重すぎ、複雑すぎるのである。かといってロワイヤル・ポッシュは勧められない。

      『パスポート初級仏和辞典』はいかがかと尋ねられた。正直いって、開いたことがない。書店でめくってみた。なかなか良さそうな辞書である。少なくとも『ポッシュ』よりはよほど辞書らしい。「アマゾン」で以下のようなコメントをされている方がいた。引用させていただく。
      仏和辞典は他にも素晴らしいものが各種ありますが,仏検3級程度まではこの辞書を徹底的に使い込んで基礎を固めるのもいい方法だと思います。その上で,中上級向けの仏和辞典や仏仏辞典,さらには手頃な電子辞書を購入するというのが,最も現実的な選択だと思います。
      学習者用仏和をめぐる状況は様変わりしている。あるいは、このような、本当の意味で「学習者用」の良い辞典が充実しているような状況こそ望ましいのかもしれない。

      2010年4月8日木曜日

      現用主義

      相変わらずバカロレアについてのエッセイを例にとりながら、仏和辞典が現代の文章でよく使われる言い回しにどれだけ対応しているかという話。

      • mitigé

      このエッセイからの最後の例。今は教職に就いているルグランなる人物が登場してこんなことを言う。
      Je garde de cette année un souvenir mitigé.
      この一年は私にとって複雑な想い出となって残っています。

      この意味でのmitigéはよく目にする。小学館ロベールはmitigéの第一義として、「あいまいな、はっきりしない」を掲げ、以下のような用例を示している。
      une attitude mitigée 煮え切らない態度
      Le livre n’a obtenu qu’un succès mitigé. その本の評判はいまひとつ芳しくなかった。

      いっぽう、mitigéの項でロワイヤルがまず挙げているのは、「緩和された,和らげられた」の意味。(たとえば、「peine mitigée」は「減じられた刑」)。それ以外には、「~の混じった」という意味で用いられる〈mitigé de〉の形を挙げているのみ。「あいまいな」の意味は載せていない。

      いろいろな仏仏辞典を引いてみたが、mitigéのもともとの意味は「緩和された,和らげられた」。「混じった」の意味は、mi-の部分が「moitié」を連想させることから生じたもので、誤用とされることが多いとのこと。「あいまいな、はっきりしない」は、さらにこの「混じった」の意味から生まれたものらしい。

      言葉の原義を尊重するのか、あるいは現実によく使われる意味を重視するのか。mitigéで引き比べてみると、またも辞書による扱いの違いに興味深い変化が見られる。ロワイヤルは明らかに原義重視で、Le Petit Robertもどちらかといえば原義尊重の方だが、「Emploi critiqué」としながらも、「Des sentiments mitigés」(かたづかない気持ち)の例を挙げている。

      反対に、小学館ロベールは今見たとおりの現用重視。Le Petit Larousseも同様。最近の学習仏和も、こちらの方に傾きつつあるのが確認できた。小学館ロベールが1980年代にすでに掲げていた「現用主義」は、今、仏和辞典のスタンダードになりつつある。時代が小学館ロベールに追いついたといった感あり。それだけにこの辞書が以後改訂されていないのは惜しい。そしてなにより残念なのは、CD-ROM版が出ていないこと。電子辞書には入っているのだからできるはずなのに。

      さらに、学習仏和4種でmitigéを引き比べてみると、面白いことがわかる。
      中途半端な、どっちつかずの、生ぬるい(プチ・ロワイヤル)

      芳しくない,ぱっとしない; 中途半端な ―― accueil mitigé 生ぬるい歓迎 / succès mitigé ぱっとしない成功 / attitude mitigée どっちつかずの態度(ディコ)

      《話》 混じった、中途半端な(ク)

      曖昧な、はっきりしない ―― attitude mitigée 煮え切らない態度 / zèle mitigé 冷めた熱意(プロ)

      プチ・ロワイヤルとクラウンは語義だけ、ディコとプログレッシブはそれにプラスして用例を載せている。収録語数の多い辞書では、どうしても用例のためのスペースが犠牲にならざるを得ない。用例はどれも似たり寄ったりだが、このような場合、できるだけ多い方がわかりやすいに決まっている。

      現用のフランス語に対応できる即戦力の辞書を作るという小学館ロベールの精神に一番近いのは、このクラスではディコかな。

      さらに続きます。

      辞書を引き比べてみる

      カルチャーの翻訳講座でバカロレア200周年についてのエッセイを読んだ("Le baccalauréat a fêté ses deux cents ans !", Le francais par les textes, PUG, 2003)。

      ジャーナリズム文体で、フランス語としてはごく日常的に使われている表現を用いている。案外こういう表現の中に、仏和辞典が対応していないものがあったりするのである。それが、いろいろな仏和を引き比べてみる機会になった。

      • parcours

        たとえばこのエッセイの最初の段落で、バカロレアがこのように定義されている。
        une étape importante dans leur parcours scolaire.
        若者の学歴の中の大事な一ステップ

        この「parcours scolaire」は、「学歴」でいいでしょう。履歴書に、「学歴」、「職歴」って書くときには、「parcours scolaire」、「parcours professionnel」。第一、 「履歴書curriculum vitæ」も、ラテン語で「course de la vie」(人生の歩み)という意味だ。あるいは、雑誌などのインタヴューで「 Quel est votre parcours ?」と言えば、それは 「あなたの経歴をお聞かせいただけますか」ということ。
        Le Petit Robertにも、
        Ils n'ont pas suivi, pas eu le même parcours.
        彼 らはめざすところが違ったし、たどった道も同じではなかった。

        という例がある。(以下、仏仏辞典の例文、エッセイの原文などにつけた訳は拙訳です。ただし、仏和からの例文の場合は、辞書の訳文をそのまま写しています。)

        小学館ロベールは、ずばりこの単語に「経歴」の訳語を当てていて、次のような例文をあげている。

        Il est devenu premier ministre à 37 ans, tous admirent son brillant parcours.
        37歳の若さで彼は首相になったが、このみごとな出世ぶりには誰もが驚嘆している。

        要するに「parcours」には、「行程」や「道のり」以外に、「経歴」、「たどった道」という意味での比喩的意味があるのだが、実はこれを載せていない仏和が意外と多かったりする。小学館ロベール以外では、プチ・ロワイヤル、ディコ、クラウンに、「 (人の)経歴、人生行路」とあるのみ。いずれも用例は挙げていない。しかも、手元にあるハードディスク版のクラウン(中身は第3版だと思う)にはこの意味が出ていないので、おそらく上記三つの辞書のうちのどれかが最近この意味を追加し、他の二つがこれに倣ったのではないかと推察できる。

        これが、競合効果ということ。辞書は新しいほどよい。そしてそれはただ、最新のコンピュータ用語が載っているとかいうことばかりではない。使い勝手という非常に地味なレベルで、仏和はいまだに進化しているのである。

        • lettres de noblesse

        日常的に用いられる比喩的言い回しとしては、次のようなものもあった。
        ce diplôme […] perdrait toutes ses lettres de noblesse.
        この資格はお墨付きを失ってしまうだろう。

        大衆化によるバカロレアの威光の低下を嘆く人々の意見を紹介している箇所。「lettres de noblesse」は文字通りには、「貴族授爵状」(ロワイヤル、プチ・ロワイヤル)のことだが、実際に文章の中で出会う可能性が高いのは、(歴史の専門家でない限り)むしろ比喩的意味のほうでしょう。

        Le Petit Robertは比喩的用法としながら以下の例文を掲げている。
        Ce festival a gagné ses lettres de noblesse.
        おかげでフェスティヴァルの格が上がった。

        たとえば有名人が訪れたことで祭典の重要度が増す、みたいな状況が想像できる。

        インターネットで検索してみると、ネット記事のタイトルでこんなものもあった。
        La science retrouve ses lettres de noblesse avec Obama
        オバマ政権で科学が名誉回復

        仏和だと、小学館ロベールが「Acquérir (conquérir, recevoir, obtenir) ses lettres de noblesse」を成句として載せていて、「(貴族授爵状を得る→)公に名を残す、公認の地位を獲得する」としている。例文はない。普及版ではディコが同様の対処をしていて、「正式に認知される」の訳を当てている。

        • 〈les, ces, ses + différents + 複数名詞〉

        次は語法の問題。
        Aujourd’hui, les différentes classes politiques françaises, [...] semblent plutôt favorables à [...]
        今日、フランスのさまざまな政治階層は、おおむね〔…〕に賛成のようである。

        複数名詞の前について「さまざまな」の意味になる「différent(e)s」 。不定冠詞は省略されるというのは常識だが、定冠詞、指示形容詞、所有形容詞などは付く。たとえばLe Petit Robertには、「les différents sens d'un mot」(一つの語が持っているさまざまな意味)という用例を挙げている。したがって、「冠詞なしで複数名詞の前に置かれる」としか書いていないロワイヤルの説明には明らかに問題がある。

        もちろんそれなりの文法書を見ればきちんとした解説はあるが、この程度のことは辞書に書いておいてほしいところ。この点、小学館ロベールはまさに完璧。

        Le Premier ministre nomme les responsables des différents établissements publics.
        首相はいろいろな公共機関の責任者を任命する。

        この文章がいいたいのは、首相がその責任者を任命する公共機関が「いろいろある」ということではない。いろいろある公共機関の責任者を首相が「みなひっくるめて」任命するということなのだ。つまり、定冠詞が付くことによって、「いろいろ」のニュアンスに、「全部」のニュアンスが加えられるということ。小学館ロベールはさらに、次の2例を比較対照させている。
        dans différents pays de l’Asie アジアのいくつかの国々で
        dans les [ces] différents pays de l’Asie アジア諸国で

        普及版の仏和でこの点に触れているのは、プチ・ロワイヤル、白水社ラルース、そしてプログレッシブだった。とくに説明、用例ともに十分といえるのは、白水社ラルース(さすがに読むための辞典というだけある)とプログレッシブ。
        Ces différents journaux ne m'intéressent pas. Trouvez-m'en d'autres.
        これらの新聞には興味がありません。ほかのを見せてくださ い。(白水社ラルース)

        Ses différents travaux sont tous bien accueillis par le public.
        彼(女)の多岐にわたる著作はどれも好評を得ている。(プログレッシブ)

        この話題、まだまだ続きます。