言葉の原義を尊重するのか、あるいは現実によく使われる意味を重視するのか。mitigéで引き比べてみると、またも辞書による扱いの違いに興味深い変化が見られる。ロワイヤルは明らかに原義重視で、Le Petit Robertもどちらかといえば原義尊重の方だが、「Emploi critiqué」としながらも、「Des sentiments mitigés」(かたづかない気持ち)の例を挙げている。
反対に、小学館ロベールは今見たとおりの現用重視。Le Petit Larousseも同様。最近の学習仏和も、こちらの方に傾きつつあるのが確認できた。小学館ロベールが1980年代にすでに掲げていた「現用主義」は、今、仏和辞典のスタンダードになりつつある。時代が小学館ロベールに追いついたといった感あり。それだけにこの辞書が以後改訂されていないのは惜しい。そしてなにより残念なのは、CD-ROM版が出ていないこと。電子辞書には入っているのだからできるはずなのに。
une étape importante dans leur parcours scolaire. 若者の学歴の中の大事な一ステップ
この「parcours scolaire」は、「学歴」でいいでしょう。履歴書に、「学歴」、「職歴」って書くときには、「parcours scolaire」、「parcours professionnel」。第一、 「履歴書curriculum vitæ」も、ラテン語で「course de la vie」(人生の歩み)という意味だ。あるいは、雑誌などのインタヴューで「 Quel est votre parcours ?」と言えば、それは 「あなたの経歴をお聞かせいただけますか」ということ。
Le Petit Robertにも、
Ils n'ont pas suivi, pas eu le même parcours.
彼 らはめざすところが違ったし、たどった道も同じではなかった。
ce diplôme […] perdrait toutes ses lettres de noblesse. この資格はお墨付きを失ってしまうだろう。
大衆化によるバカロレアの威光の低下を嘆く人々の意見を紹介している箇所。「lettres de noblesse」は文字通りには、「貴族授爵状」(ロワイヤル、プチ・ロワイヤル)のことだが、実際に文章の中で出会う可能性が高いのは、(歴史の専門家でない限り)むしろ比喩的意味のほうでしょう。
Le Petit Robertは比喩的用法としながら以下の例文を掲げている。
Ce festival a gagné ses lettres de noblesse. おかげでフェスティヴァルの格が上がった。
たとえば有名人が訪れたことで祭典の重要度が増す、みたいな状況が想像できる。
インターネットで検索してみると、ネット記事のタイトルでこんなものもあった。
La science retrouve ses lettres de noblesse avec Obama オバマ政権で科学が名誉回復
仏和だと、小学館ロベールが「Acquérir (conquérir, recevoir, obtenir) ses lettres de noblesse」を成句として載せていて、「(貴族授爵状を得る→)公に名を残す、公認の地位を獲得する」としている。例文はない。普及版ではディコが同様の対処をしていて、「正式に認知される」の訳を当てている。
〈les, ces, ses + différents + 複数名詞〉
次は語法の問題。
Aujourd’hui, les différentes classes politiques françaises, [...] semblent plutôt favorables à [...] 今日、フランスのさまざまな政治階層は、おおむね〔…〕に賛成のようである。
複数名詞の前について「さまざまな」の意味になる「différent(e)s」 。不定冠詞は省略されるというのは常識だが、定冠詞、指示形容詞、所有形容詞などは付く。たとえばLe Petit Robertには、「les différents sens d'un mot」(一つの語が持っているさまざまな意味)という用例を挙げている。したがって、「冠詞なしで複数名詞の前に置かれる」としか書いていないロワイヤルの説明には明らかに問題がある。