2010年5月4日火曜日

「勇気を持て!」

トゥルニエの短編では、辞書による読みの違いが生まれる可能性があまり見られなかったと書いた。ただし一箇所だけ、辞書によって訳語がかなり異なる例があった。意外な単語である。

トゥルニエの短編の話者は、二人姉妹の姉のサラの性格を、こんなふうに描写する。

toujours active, prévoyante et courageuse
いつも活発で、目先の利いたしっかり者
サラは「courageuse」なのである。こんな言葉を辞書で引こうとすら思わない人が大半かもしれない。しかしいずれにせよ、これを「勇敢」と訳して違和感を感じない人は少ないのではあるまいか。さらに辞書を引き比べてみれば、われわれは実に興味深いヴァリエーションに遭遇するのである。
勇敢な ― attitude courageuse しっかりした態度(小学館ロベール)
勇敢な、けなげな(ロワイヤル、ディコ)
勇敢な、健気な、元気な、大胆な(クラウン)
勇敢な、勇気のある; 気丈な、けなげな(プチ・ロワイヤル)
勇敢な、気丈な; くじけない(プログレッシブ)
要するに「courageux」であるということは、日本語の「勇敢」であることにくらべて、より広い意味をもっているのだ。「courage」と「勇気」についても同様のことがいえる。「courageux」であるとは、「qui a du courage」(Le Petit Robert)ということにほかならないからである。

上の比較結果がはっきりと示しているのは、一対一対応の訳ではとらえられないこのような単語の意味をより正確に表そうとする意図が、最近の学習仏和に見られるようになっているという事実である。

ちなみに「courage」には、「勇気」、「元気」とはまた別の、「熱意」(プチ・ロワイヤル、クラウン)、「やる気」(ディコ)という意味もある。したがってそれに呼応して、「courageux」にも、「熱心な」、「精力的な」(ロワイヤル、クラウン)、「やる気のある」(ディコ、プチ・ロワイヤル)、「がんばり屋の」(ディコ)といった意味をつけ加えなければならない。ここでもやはり、ディコの提示する訳語の個性、自然さは注目に値する。

しかしいずれにしても、仏和が提出するのはもとの単語の「訳」であって、定義ではない。単語の意味そのものを理解しようと思ったら、仏仏を引くにまさる方法はない。「courageux」が「courage」を持つことであるなら、「courage」とは何か。それが単なる「勇気」でないことを理解するためには、「Bon courage !」という言いかたを思い出してみれば十分である。それはもちろん、「勇気を持て!」という意味ではなく、「がんばれ」、「しっかり」という意味だということは誰でも知っている。

「courage」をLe Petit Larousseで引いてみるとまず、こんなふうに書いてある。
Force de caractère, fermeté que l'on a devant le danger, la souffrance ou dans toute situation difficile à affronter. Cette femme a beaucoup de courage.
物理的・精神的な意味で困難なあらゆる状況で人が持ちうる性格的強さ、あるいは毅然とした態度のことを、フランス語では「courage」というわけだ。

さらに、「熱意」や「やる気」の意味での「courage」には別の定義が与えられている。
Ardeur, zèle pour entreprendre quelque chose ; envie de faire quelque chose. Il n'a pas eu le courage de se lever si tôt.
だから第一の意味での「courage」のところで挙げられていた例文 Cette femme a beaucoup de courage (= est très courageuse) は、「あれは気丈な女だ」、「あの女はしっかり者だ」という意味以外に、たとえばある新入社員について言われたとすると、「彼女はやる気がある」、「がんばり屋だ」みたいな意味にもなるはずだ。トゥルニエの短編の女主人公サラについての「courageuse」にしても、「しっかり者」と訳したが、これを「働き者」と訳す人もいるかもしれない。
仏仏といえばまず名前が挙がるのはLe Petit Robertで、実際自分も翻訳の仕事で役に立っているのは圧倒的にLe Petit Robertの方なのだが、こんなふうに単語の「そもそもの」意味が知りたいなどというときにはLe Petit Larousseの方がしっくりくる。Larousseの辞書は、われわれが国語の辞書を引くような感覚で引くべきなのだと思う。難しい単語や熟語を調べるためではなく、単語本来の意味や定義を知るための、本当の意味で「学習用」の仏仏として使ったとき真価を発揮するのではないだろうか。このような仏仏の使用は、あるレベル以上になると欠かせなくなってくる。

ちなみにフリー・ディクショナリーというオンライン辞書に含まれているフランス語の辞書は、Larousse Pratique(4万語収録、Le Petit Larousseは59,000語)、Larousse Maxipocheなどがベースになっているようです。入門編としては良いかも。私自身もよくここから例文や定義をコピペしたりしています。

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