ベンヤミンの「アウラ」の概念にについて個人的に思うことを、箇条書きで。
- アウラとその崩壊、礼拝的価値と展示的価値という二項対立を単純に進化論的にとらえて、それぞれの第二項を、近代という歴史的段階、つまり複製技術の時代の特徴と考えることは、じつはできない。
- 「芸術作品が唯一無二であることは、それが伝統の関連のなかへ埋めこまれていることにほかならない。とはいえ、この伝統自体はまったく生きものであって、ことのほか変わりやすい。〔…〕芸術作品を伝統の関連のなかへ埋めこむ根源的なしかたは、礼拝という表現をとったわけである。〔…〕ところで、芸術作品のアウラ的な在りかたが、このようにその儀式的機能と切っても切れないものであることは、決定的に重要な意味をもっている。いいかえると、『真正の』芸術作品の独自の価値は、つねに儀式のうちにその基礎を置いている。」(ヴァルター・ベンヤミン、「複製技術の時代の芸術作品」、『ボードレール 他五編』所収、岩波文庫、70~71頁)
- この一節を読む限り、アウラの問題とは作品を受容する社会制度と深く結びついており、単なる生産局面での物理的条件(複製可能性、あるいは写真の感光時間の長短、云々)に議論を限定することはできないということになる。
- タブロー、ミサ、大聖堂が発達した中世においてすでに、儀式は礼拝性と展示性の両方を分かちがたく含んでいた。展示性が抑圧されるのは、むしろ「世俗的な美の礼拝」が形成されるルネッサンス以降。(芸術作品はこのとき、教会から宮廷へ移動する。)展示的パラダイムの端緒は、だから中世に求めることができる。中世文明はひとつの全体=身体として、日々の生活の中でキリスト教の伝統を受容していた。(ジャック・ル=ゴフ、『中世とは何か』、藤原書店、2005年、「第4章 ある文明が形を成す」参照。)
- 写真は少なくとも、バルト風に言うなら、「まさにそこに被写体が存在したこと」を語ってはいる。被写体と写真との関係は、つねに一回的なもの。このまなざしの一回性が独自の儀式的機能とむすびついたとき、写真的アウラが生まれうる。それが組みこまれるべき「伝統の関連」は、このとき当然、従来芸術作品がもっていたものと比べて、新たなもの、より個人的なものに変化する。いずれにせよ、写真の発達とアウラの崩壊を即座に結びつけるのは正しくない。パースに依拠する写真理論家フィリップ・デュボワによれば、写真における現存と不在の弁証法は、「どんなに近くにあってもはるかな、一回限りの現象」というアウラの定義そのものということになる。
- そもそもベンヤミンはアウラの崩壊だけを語ったのではない。因習的な肖像写真家やピクトリアリストによるアウラの捏造、映画に礼拝的価値を読みこもうとする批評家、スターの人格を商品化する映画資本についても語っている。つまりここでもまた、その真正性はともかくとして、複製技術の時代においてなおアウラは健在ということ。今日でも、美術館の作品は以前にもまして礼拝性をまとっている。それらは複製のオリジナルとして、新たな神秘化をこうむる。(ジョン・バージャー、『イメージ 視覚とメディア』、パルコ、1986年。)
- それでもなお、「複製技術時代の芸術作品において滅びてゆくものは作品のアウラである、ということができる」とすれば、それはなぜか。「複製を大量生産することによってこの技術は、作品の一回限りの出現の代わりに、大量の出現をもたらす。そして受け手がそのつどの状況の中で作品に近づくことによって、複製された作品にアクチュアリティーを付与する。伝えられてきた作品は、この二つの過程をつうじて、激しく揺さぶられる。」(「複製技術…」、67頁)
- 複製はオリジナルと同等の資格をもつものとして消費され、個人の中で、伝統から切り離され、再文脈化されうる。(ただし、つねにではない。)複製の問題はだから、おもに芸術の受容形態にまつわる問題であり、文学において受容論が提出した問題に関わっている。ジョン・バージャーによれば、複製の政治的・営利的利用が隠蔽し、否定しているもの、「複製の存在により可能になるもの」を解き放つことこそが重要なのだということになる(『イメージ』、38~44頁)。しかし、ベンヤミンが言いたいことは、たぶんそういうことではない。
- 「シュルレアリスム」の終わりに出てくる「身体空間」、「あのイメージ空間、世俗的啓示のおかげで私たちが住みつくことのできる空間」(『ベンヤミン・コレクションI』、ちくま学芸文庫、518頁)、ベンヤミンが革命的芸術に期待していたのは、おそらくこのような、伝統的儀式に代わる集団的表象受容の新たな形態を実現すること。社会が表象を受容するひとつの身体であるべきだというのは、ル=ゴフ的な観点から言うと、じつは中世のパラダイムの延長そのものということになるだろう。
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