「らくだ」です。といっても落語の話ではない。
「月番はあなたですか。」「はい、あたし。なに?」「あの、らくださんがねぇ」「あ、っとっとっと。らくだのことでもってきたってだめだよ。あいつにかかわるのがいけないんだからね。ん、もってきちゃだめだよ。」「いえ、らくださんが死んだんですよ。」「えっ、らくだがまいっちゃった? ほんとか、お い!」「そうです。」「ほんとに、死んだ? えっ! んなこといって、おまえ、人を喜ばしたりなんかして…(笑)、ほんとかい?」「ほんとに、まいっ ちゃったんで。」「生き返りゃしないか。」「生き返りません。」「いや、あいつぁずうずうしいから、生き返ってくるよ(笑)。頭、よくつぶしといたらどうだい?(笑)」(古今亭志ん生、「らくだ」より)
落語の「らくだ」というのは、実際のらくだを見たときに江戸町民たちが受けたインパクトがもとになってできた話なのだそうですね。
「ラクダ」というあだ名については、1821年(文政四年)、両国に見世物としてラクダがやってきたことに由来する。砂漠でその本領を発揮するラクダだが、それを知らない江戸っ子達は、その大きな図体を見て「何の役に立つんだ?」と思ったらしい。そこで、図体の大きな人や、のそのそした奴をラクダになぞらえて表現したことが下敷きになっている。(ウィキペディアより)それはいいとして、本題はこれ。
「おいら、黒んぼだけども、おまえさんは、らくだだよ。」っていうとなんのことだかわかりませんが、プルーストです。
この部分、鈴木訳で話の流れを確認しましょう。
「いや、ばかげた話ですよ。〔…〕そのブラタン夫人が最近、ブーローニュの森の自然観察園に行ったんですが、あそこに黒人たちがいましてね、セイロン人なんでしょう、〔…〕ともかく、ブラタン夫人はその黒人の一人に声をかけたんです、《こんにちは、ニグロさん!》って〔…〕言われた相手の黒人は、この呼び方が気に入らなかったんです。それでかっとして、ブラタン夫人に言ってのけたんですよ、《俺ニグロ、だが貴様ラクダ!》ってね」「わたし、それがおかしくって!この話、大好きよ。ほんとに《名台詞》でしよ? 言われたブラタンおばさんの顔が目に見えるわ、《俺ニグロ、だが貴様ラクダ!》ですって」。(鈴木訳3、『花咲く乙女たちのかげに I』、231~232頁)
そうです、このまえの「青尻猿」のつづきです。
C'est idiot. [...] Elle est allée dernièrement au jardin d'Acclimatation où il y a des noirs, des Cinghalais, je crois, [...] Enfin, elle s'adresse à un de ces noirs : "Bonjour, négro !" [...] ce qualificatif ne plut pas au noir : "Moi négro, dit-il avec colère à Mme Blatin, mais toi, chameau !" — Je trouve cela très drôle ! J'adore cette histoire. N'est-ce pas que c'est "beau" ? On voit bien la mère Blatin : "Moi négro, mais toi chameau !" »(I, 526)
自然観察園(ジャルダン・ダクリマタシオン)といえばブラタン夫人を思い出す、とスワン夫人 。ずいぶん話が飛躍するじゃないかとまぜっかえすスワンに対し、夫人は、だってあなた、あの話があったじゃありませんか。そううながされて、スワンが語りはじめる話が、これです。
しかしでも、なんでまたブーローニュの森にセイロン人が? この点については、鈴木訳の注がたいへん親切です。
ブーローニュの森の自然観察園には、当時のエグゾチスムの流行に応えて、西欧人の知らない辺境や異国の風俗習慣を紹介する一角があり、ヌピア人、エスキモーをはじめ、さまざまな民族が招かれた。一八八三年、一八八六年には、セイロン人の風俗が紹介された(アンリ・コルベル、『プーローニュの森小史』、一九三一年に拠る)。また、プレイヤード版の注は、1889年のパリ万博の機会に植民地風物のこの種の「展示」がブームになったことを指摘しています。négroというのも、この頃スペイン語からもたらされた新語でした(Le Petit Robert)。
オーケー。じゃ、「らくだ」は?
ふたたび、鈴木訳の注にこうあります。
ラクダ 原語はchameau 。この語はまた「意地の悪い人」、「人でなし」などの意に使われることがあり、女を指すときには「あばずれ」という意味にもなる.たしかにTrésorには、俗語として、「身持ちの軽い女に対して軽蔑的に用いられる言葉」と載っている。
展示物のように扱われていた黒人(ニグロ)が、「らくだ」の一言でブラタン夫人をもまた動物園の住民にしてしまい、暗に女としての品位まで貶めてしまった。オデットがおもしろがるのはそんなところからでしょうか。
この話、もうちょっと続きがあります。
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